2010バンクーバー五輪。スピードスケート男子500Mで、日本が銀銅2つのメダルを勝ち取ったその日、第47期松川商事経営計画発表会が行われていました。誰にも負けない努力を重ね、見る者に感動を与えてくれた五輪戦士のように、私たち松川商事も、お客さまに感動を与える経営をするため、誰にも負けない努力を重ね、前へ進んでいかなくてはいけないのです。
 
毎回の開会にあたり、「早いもので、半期が経ちました」というフレーズを聞きますが、この上期は今までに増して早かったように感じています。8月から3店舗の出店ラッシュにはじまり、11月の望念会と慌ただしいスケジュール。
加えて、本年度の新入社員を対象として店長育成プログラム第1クールが9月に修了し、11月には、入社2年目、3年目の店長を対象に同プログラム第2クールをスタートさせました。これまでにないくらいの頻度で、仲間が集まる機会があり、共に学び、刺激となる時間が多くあったことが、私自身、この上期を早く感じさせたのかもしれません。
あっという間過ぎたこの上期にも、社会情勢は厳しく、暗いニュースばかりを耳にします。いま、大切なのは、個々が歩み続けること。そして、ここにいる仲間が、どんなときでも同じ光を見つめ続けることではないでしょうか。この発表会を、皆さんと多くの明るい光を吸収し、残りの下期を闘っていけるような、47期下期経営計画発表会にしていきましょう。
 
 
この47期は社会が激変している時期です。政権交代、新型インフルエンザ、そして、デフレの波は一直線に進んで、我々小売業にとっては好ましくない情勢ではありますが、そうはいっても前進している企業もあります。
我々が携わるリユースの世界は無限大です。これからこの世界を開発していくのはあなたたちです。自らのスキルアップのため、リユースのプロを目指すために、いま自ら買ってでもいろんな体験を積んでいくことが大切になってきます。5年6年、経験を積んでやったつもりでいては、何もならない。そこをベースに積み上げていく。ブックオフバカ、オフハウスバカ、それしか見えない、それしかわからない、視野が非常に狭く、価値観がガチガチに固まってしまったら、その時点から成長は望めません。自らの殻に閉じこもり、成長することを否定する人、そういう人はこの松川商事には必要ありません。私は理念を共有する人とだけいっしょに働きたい。利己ではなく、利他の精神で。
 
明日2日目、フィロソフィ活学講座を開催しますが、欲を言えばたくさんのスタッフさんにも参加していただきたい。店舗で店長から聞くのとまた違うはず。フィロソフィ講座に参加したスタッフさんから、話を聞いて、「なんだ社長って大したことないや。現場で聞くのと大して変わらないじゃないか」と言われたなら、最高の誉め言葉だと思います。私が語ることと、現場の店長が語ることが、同じ共通言語で語られ、伝わっていくことは、組織として最高です。ぜひ、スタッフさんにそう言わしめるよう、明日しっかり学んでいってください。
 
10エリアの各担当マネージャーによる、47期上半期の総括と
47期下半期の経営目標が発表されました。
 
自分自身の想い描いている考えや、その表れである言動、周りの人への気配り、時に自分を厳しく律し、またさらけ出して、想いを共有していくことが、リーダーには何よりも必要です。
その指針となるのが「動機善なりや、私心なかりしか」です。店舗が店長以上の器以上のものにならないのだからこそ、私たちは常に「高い志」を持ち、エリア一丸となって日々取り組んでいきます。
エリア店舗拡大に伴って、スケールメリットを活かした経営方針でいきます。商品力アップ、クオリティの向上を図り、全店黒字化を目指します。
(1)みんなで考え、(2)店長が決断をし、(3)みんなで行動を起こす。そして、(4)確認と反省点を見つけることを忘れない。以上4点をポイントに、何度も繰り返し実行することで、地道に経験を積み上げていき、判断力を向上させていきます。
47期下期も厳しい戦いが予想されますが、経営理念をベースに置き、事業目的である「事業活動を通じて地域社会への貢献」「全従業員の物心両面の幸福の追求」を達成するため、店長、スタッフ全員が一丸となり、日々取り組んでいきます。
今期末を明るく笑顔で迎えるためには、1つ目としてアクアネス能力の向上、2つ目は、アクションを起こし、その検証・分析をしっかりと行うこと。そして、3つ目は、「6つの精進」の遂行。この3つを繰り返しトレーニングし、全うした先に、店長力、スタッフ力、QSCレベル、これらの向上が結果として訪れてくる。また、同時に店舗力を向上させ続けることができると考えています。
 
大家族主義を考え、エリアで報告します。常に店舗間で情報提供の場をつくる。スタッフ間の距離、ほかの店舗のスタッフも含めて、仲間のやり取りの場所を作ります。常に仲間であることを意識して動きます。
「6つの精進」にある“毎日の反省”を意識し伝えていきます。誰しも甘えや楽な方を選びたがります。しかし、朝礼、終礼でも毎日反省し、利己の反省、利己の払拭ができれば、それが成長に繋がるからです。どれだけ自分自身を見つめ直せるか。その癖が私や店長からできるように心がけ、利他の心を学び、精進していきます。
顧客意識を強く持ち、接客でのお客さまを獲得していくことに努めます。そのために各店で商品知識の追求と接客レベルの向上に努め、スタッフ一人ひとりの知識レベル、接客レベルを上げていくことに力を注いでいきます。
 
 
松川商事に入社して、はや2年が経とうとしています。企業説明会で、店舗の運営をすべて任せていただける店長という仕事に憧れて、入社を志願しました。
1年間の研修を経て、昨年4月、ブックオフ宝塚山本南店に店長として着任しました。
研修生のときには、私の後ろにはいつも引頭店長や荒松マネージャーがいてくれて、いつでも守られている感じがしましたが、いざ店長となり、守られる立場から守る立場に変わると、不安と焦りで周りに感謝の気持ちをもつ余裕もありませんでした。
赴任してから、スタッフ一人ひとりと個人面談をしてみましたが、何を話したら良いのかまったくわかりませんでした。私は思い切って「店長として何をすれば良いのかまったくわかりません。皆さんにも迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」と、ありのままの気持ちを正直に話してみました。スタッフは、「大丈夫ですよ。一緒にやっていきましょう」と、不安な私の気持ちに心強く答えてくださり、とても安心したのを覚えています。今思えば、スタッフの言葉にただ甘えるだけでした。
問題はすぐに起こりました。ある本をどこの棚に出すかという些細なことでしたが、ベテランスタッフと私の意見が対立したのです。各店舗にはそれまで培ってきた文化があり、それをないがしろにすることがあってはいけません。けれど、今回に関しては、新しく変えた方が店舗のためになると思い、自分の指示したように補充をお願いしました。スタッフに理由を聞かれ、自分なりに説明をしましたが、なかなか理解してもらえず、本の補充方法も従来のままになってしまいました。私は新しく変えたほうがより良くなると思うのに、うまく伝えることができない。スタッフもこのままでいいと言っているのだから、無理に変えなくてもいいのではないか。半ば諦めでこのままにしておこうと思いはじめていました。
ある機会があって、保科マネージャーに事の経緯を相談すると、「店舗の文化を尊重することも大切だけど、お前が間違ってないと思っているなら、納得してもらうまで話すしかないんじゃないか?」という言葉が返ってきました。その言葉が強く胸に響き、保科マネージャーから伝え方のアドバイスもいただき、何度も話し合いを重ねていくうちに、私の真意が伝わるようになりました。「そういうことだったんですね。をれなら、店長の出し方の方が良いですね」。私とスタッフとの距離が一歩近づいたように思いました。
 
数か月が過ぎ、私はスタッフとの信頼関係を築き、店舗の雰囲気も良い方向に向かっていると錯覚しはじめていました。
 
あるとき、スタッフの一人から、あるスタッフが店舗のルールを守っていないことを相談されました。私自身はまったく気付いておらず、話を聞いたときは信じがたい気持ちになりました。スタッフとの信頼関係を築いていると思っていたのは、実際は一部のスタッフとの間だけであり、店長である私がルールを守らないスタッフをつくり、見逃してしまう環境をつくっていたのです。ルールを守っているほかのスタッフからすれば、満足はおろか、いやな思いをする環境をつくってしまっていたのです。
私は保科マネージャーに相談をしました。保科マネージャーは「俺の方からスタッフと話をしようか」と言ってくださいましたが、私は、自分の店舗で起きたことは、最後まで責任を持つ。それが店長である自分の役目であると思い、保科マネージャーの申し出を断りました。私は、内心とても動揺しながらも、スタッフとの話し合いに臨みましたが、結果として、そのスタッフは店を去っていきました。その数日後、今度は退社したスタッフの保護者の方が説明を求めていらっしゃったのです。自分ではスタッフにきちんと伝えることができたと思っていましたが、実際にはスタッフには伝わっておらず、話がこじれてしまっていました。私は保護者の方とも何度か話をさせていただきましたが、私の話では保護者の方も納得していただくことはできず、結局、最後には保科マネージャーから保護者の方へ話していただくことになりました。保科マネージャーが話しをされたことで保護者の方も納得され、最後に「ご迷惑をおかけしました」と話されていたと聞きました。私は、自分自身に情けなさと悔しさを感じました。そのとき保科マネージャーに言われた言葉があります。「相手に納得してもらう説明ができたのは、経験や話し方もあるかもしれないが、俺とお前の違うところは、最終責任者としての覚悟があるかないかじゃないかな」。
未熟な私は、店舗のスタッフやマネージャー、先輩店長からの助けによって、今まで何とか店長として店舗に立つことができました。これから店長として2年目がはじまります。
この1年の反省点や、気づくことができた教訓や感謝の気持ちを忘れず、今の自分よりはほんの少しでも前進できるように、スタッフと一緒に店舗で汗を流していきたいと思います。
自分自身がいま抱えている悩みと似ていました。スタッフさんとの信頼関係を築く上で気をつけてることはありますか?
一人ひとりに細かいことでも話しをするように心がけています。現場で一緒に立って働いている姿をみてもらったり、一緒に働く時間を大切にすることが重要だと思います。
信頼関係ができていたスタッフさんと、できていなかったスタッフさん。偏りが生じた原因は何だと思いますか?
気持ちの上で自分と合う合わないがあって、当時、苦手なスタッフさんから逃げていたと思います。
苦手なスタッフさんがいたら、いまならどうしますか?
もし、そういうスタッフさんに出会ったら、より多くの時間一緒に働くように心掛けています。
   
入社2年目。はじめて店長になって体験することの、ひとつだね。入社したとき、店舗の運営を任せてもらえる、リーダーとして店舗の運営を動かしていきたい、願望のようなものがあったんじゃないかな。最初に店長として赴任したとき、こういう店がつくりたいという強烈な願望を、スタッフにぶつけてもよかったかな。ひとつ研修が終わって、店舗に赴任して、今まで守られる立場から、守る立場に変わる…これを自覚していたことは大事なこと。それが、あなたが言っていたように、覚悟だったり、責任感だったり、明確なものへとなっていく。
スタッフさんとの行き違いは、みなが経験すること。伝わらなかったことで、諦めてしまったら最悪。半ば諦めかけて、このままにしておこうと思いはじめて、だけど保科マネージャーに相談した。早い段階で相談したことは正解。これをしなかったら、店は空中分解していた。互いが納得できるまで話し合いを持つことはいいことだけど、時に自分の考えを強引に押し通そうとすることがある。
素直な謙虚な気持ちで話をして、相手の話に耳を傾けることが大事なこと。あなたは、本の棚出しを変えてもいいと思った。偉い。ときに引くということ、そういう謙虚さのベースがあなたにはできている。
店舗ルールは絶対に守らなくてはいけない。スタッフさんが憎いから言うのではなくて、ルール違反を認めてしまったら、正直者がバカをみてしまう。それは絶対にダメ。自分が話をして納得してもらえなかったが、自分が招いたことを最後まで責任をもつ、それを理解しているからいい。最後は泣きを入れて、保科マネージャーに結局助けてもらったことが情けないというが、気にすることはないよね。あなたには覚悟ができているんだから。そのために仲間がいるんだから、バックアップします。
保護者の人と話をしてうまくいかないのは当然。そりゃ、経験値が違うから仕方がないことです。残念ながら、あなたは今は未熟で、そうでありながらも覚悟をもってやっている。その覚悟をもったうえで、あなたなもっともっと苦労をすべき。SOS出していい。でも逃げちゃダメ。そうやってする苦労は、あなたの財産になります。現時点の考え方はそれでいい。そうは言っても、あなたが学生だった2年前の面接のときと、全然変わっている。内面が変わった。成長しています。
 
私は約10年前、アルバイトとしてオフハウス松江黒田店に入社しました。黒田店は松川商事が経営するオフハウス第1号店であり、当時、リユースショップは山陰地方にはあまりなく、当時の私にとってオフハウスの仕事は目新しく、家具や家電品の価格調査や、時計の分解・洗浄、今まで知らなかった服やバックのブランドの価値を調べて知っていくことが好きになり、次第にオフハウスで仕事することが楽しくなっていきました。
しばらくすると部門担当を任され、当時の松本店長に時に厳しく指導されることもありました。「なんでこんなに言われるんだろう」と思うこともしばしばありましたが、店長になった今、松本店長がいかにスタッフをうまく育ててくれていたのかを強く感じています。そして、部門担当を任された経験は、自分が数字に責任をもつきっかけとなり、店長になったいまの自分の土台となっています。
責任ある仕事を任されることも多くなりながらも、私は店長になろうと考えてはいませんでした。私はコミュニケーションをとることが苦手で、さらに、何人もの店長の近くで仕事をし、その大変さを充分過ぎるくらい見てきて、とても私には店長という役職は勤まらないと思っていました。けれど、オフハウスの仕事や職場の仲間といることは心地よく、大学を卒業してからも職を探すわけでもなく、オフハウスで毎日、アルバイトをして過ごす日々が続きました。
 
アルバイト生活7年目、松本マネージャーから「社員面接を受けてみないか」と勧められました。年齢も30歳になり、現実問題、就職をどうしようかと考えていた私には、とてもありがたい話でしたが、依然不安は大きく、なかなか決断ができないでいました。そのようなときに、松川社長の臨店があり、二人で休憩室で話をさせていただく機会がありました。松川社長も以前から社員の話を勧めてくださっていたので、だからこそ、「こんな中途半端な気持ちではダメだ。もっとやれる自信ができてからでいいんじゃないか」と思い、「もう少し考えさせてください」と、本気で言おうと考えていました。その気持ちを察するように、松川社長から「やってみればいいじゃないか」と優しく声をかけていただき、励ましてもらいました。その瞬間、不安に覆われた私の心の内が、晴れる気がしました。背中を押された気持ちになり、前へ進んでいく決意ができました。私はそれまで、できない理由だけを考えて不安があれば動かない、結局自分が居心地のいい場所に留まることだけを考えていたのです。「やってみればいいじゃないか」の言葉は、できないと思ってばかりでは前に進めない、まず行動しなさいと言われてると思えました。そして、私自身の可能性を、松本マネージャーや松川社長が感じて声を掛けてくださったことが、新たな自信となりました。
それから約1年の研修を経て、昨年2月にオフハウス出雲塩冶店で店長としてスタートを切りました。スタッフに温かく迎えられ、何とかやっていけると思っていましたが、スタッフ時代と同じ感覚で仕事をして、スタッフを混乱させてしまうこともありました。一つひとつ過ちを反省し、改善していくなかで、スタッフとの関係を少しずつ築いていこうとしていました。
そんなとき、ある問題が起きました。それは、スタッフ二人が時折、仕事中に私語に夢中になり、それを見かけるたびに私やベテランスタッフが注意をしたのですが改善されず、そのことが徐々に二人とほかのスタッフとの間に溝を作ってしまい、とうとうある一人のスタッフが、「二人と一緒に働きたくない」と言ってきたのです。私は二人に対して憤りを感じ、「何度も注意しているのに分かってくれないなら、辞めてもらうしかない」と結論付けました。そして、二人に話をする前に、怒りで興奮しながら松本マネージャーに電話をしました。「お前、簡単に辞めてもらうんだな。早くないか?」返ってきた言葉は予想外のものでした。そして、「もし辞めてもらうのであれば、理由をきちんと説明して納得してもらわなくてはいけない。そうしないとそのスタッフは今回のことがトラウマになって、仕事ができなくなるかもしれない。スタッフを不幸にすることはやってはいけないことだ」と、言われました。次第に私は冷静になり、安易に辞めさせようとしている事の重大さに気づきました。私は二人と話をし、しばらくは黙って作業してくれるようになるのですが、またしばらくすると元に戻り、そして、また話をする、を何度か繰り返していったものの、いっこうに改善されず、だんだんと店の雰囲気が悪くなっていきました。どうすれば分かってくれるのかと考え悩み、答えが見つからない状況が続くと、次第に店で二人と顔を合わせることが苦痛になってきました。
そのような日が続くなか、一人のベテランスタッフに、家庭の事情でやむなく店を辞めなくてはならないと告げられました。「こんな店の状況で辞めるのは本当に申し訳ないです。でも、どう接していいのかわかりません。本当にごめんなさい」と、何度も私に謝りました。スタッフをこんなに思い詰めさせ、私に謝らせてしまっている状況にしているのに、その店の状態を変えることができない自分が、本当に情けなく、不甲斐なく思えました。
そして、私は二人のスタッフのうちの一人の方に、店を辞めてもらう決心をしました。そして、結果的に二人とも店を去っていくことになりました。
今回の出来事は、私に改めてお互いが助け合い、信頼しあうことの大切さを教えてくれました。残念なことに、私は辞めてしまうことになった二人には、それを伝えることができませんでした。二人だけが悪いのではなく、私もほかのスタッフも、二人を本当に思いやっていれば、今回のようなことにはならなかったのではないかと感じます。
店長としての一年間は、スタッフでは決して経験できないことを数多く経験しました。苦しみ、怒り、悲しみ、喜び、どれもがスタッフのときとは比べものにならないくらい、鮮明に記憶に残っています。そして、店長の苦しさ、楽しさをわずかながら経験しました。以前の私は苦しさから逃げ、店長を経験することを躊躇していましたが、今なら苦しいことが多いけれど、店長をやってよかったと思えるようになりました。
 
スタッフが辞めた経験を、いまどのように店舗で生かしていますか?
状況を招いたのはコミュニケーション不足。いまはスタッフとの面談の時間をきちんととって、スタッフの考え方を聞き、自分の考えを話すことを少しずつ実践しています。
9年間アルバイトを経験して、研修時代、店長と、考え方が変わったことは?
スタッフ時代は、自分のする仕事の範囲が限られていて、それをすれば良かった。今は、見るものが多くなって、みんなで協力して前に進んでいかなくてはいけない。協力してもらるためにはどうすればいいか、進んでいく先を自分が指し示すことが大切だと思います。
   
あなたと初めて店で会ったとき、学生だった。長かったねぇ、社員になるまで。私は相当しつこい人間で、進路が決まってないと聞いて、「じゃあ、うちに来い」と、何回も誘ったんだよね。その都度、「エヘ」と言って、優柔不断な清原を、それでもしつこく口説いてた。松本マネージャーもそうだったと思うけど。そんなキャリアをもつエヘへの清原が、一旦は面接を受けようと決めながら、いつものクネクネ虫が出てきた。
とりあえず、「もうちょっと待ってくださいと言っちゃえ」…お前らしいよね。あなたは、私の言葉に背中を押されたと言ったが、クネクネ虫を追い出したのは、あなた自身の力。私がこっちだよと言ったとき、あなたは瞬間に意志決定をした。あなたの潜在意識の中に、こっちに行こうとあったんです。でも、それを邪魔していたのは、失敗経験。負の潜在意識。みんなそう。私もそうです。人生の中で、決断をしなきゃいけないことがいっぱいある。必ず心の中に邪魔するものがある。それは過去の自分の失敗経験なんです。いったん歩き出したら、迷いはない。そういうもの。あのときスタッフルームで話をしたときが、決定的な瞬間だった。まさしく清原という人間が変わった瞬間。人は、仕事をしながら変わる瞬間がある。一人の人間が変わる瞬間に立ち会える、それがこの仕事の醍醐味です。
それまでの清原は自信のないこと、不安なことを「私にはできない」と言っていた。結局、自分にとって居心地のいい場所は、自分にとって苦のない場所。だから動きたくない。人は誰も買って苦労しようとは思わない。それを、自分の理性で訴えかけなきゃいかんのです。そこに留まってばかりいたら、人としての成長があるわけない。できないことの言い訳ばかりしていたら、逃げてばかりの人間になってしまいます。自らの意志で舵を握って動き出す強さが必要になってくる。それがないと負けちゃう。その覚悟がないと、今のポジションで仕事をやっちゃいけない。そうすることで、自らの魂を自らで磨いていくことになるんです。
大家族主義で経営する。その根底にあるのは、ベタベタした甘ったるい関係ではない。ときに寒風、冷風が吹きすさぶような厳しさがなくてはいけません。あの日、私と話したあの瞬間から、腹の据わった清原になった。人は変わることができるんですよ。かつてのエヘへの清原から、腹の据わった顔つき、目つき、店舗責任者として非常にいい顔をしてる。
 
 
もうすでに47期下期がスタートしてから2週間が経ちました。アクションを起こせる時間は刻一刻と過ぎ去っていっています。一瞬たりとも気を抜く暇はありません。そのように気を張り詰めた状況だからこそ、自身に余裕がなくなり、ついつい利己的になってしまいがちではないでしょうか。どんな状況においても、仲間のためにと努力できる私たちでありたいです。
今日こうして会議に参加している間も、売場ではPAスタッフさんが私たちを送り出すために、現場を守ってくださっています。ここで得た知識、経験、情熱を、まずは共有し同じ方向へ向け、一丸となって闘っていきましょう。